大判例

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最高裁判所大法廷 昭和42年(あ)1626号 判決 1970年6月17日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人桜井紀(名義)、同大矢和徳、同前島(現原山)剛三の上告趣意について。

第一審判決によれば、その確定した罪となるべき事実は、被告人両名は共謀のうえ、いずれも県道上に敷設された、中部電力株式会社の所有にかかり中電興業株式会社一宮営業所長の管理する稲沢幹線六一号電柱ほか一〇本、および日本電信電話公社の所有にかかり電気通信共済会東海支部電柱広告課長の管理する電柱一二本、ならびに稲沢市農業協同組合組合長の管理する電柱一四本に、それぞれ電柱の所有者または管理者の承諾を得ず、正当な事由がないのに、「第一〇回原水爆禁止世界大会を成功させよう、愛知原水協」などと印刷したビラ(縦五四センチメートル、横19.5センチメートルの紙)合計八四枚を、糊を使用して裏面が全面的に密着する方法ではりつけたというのであり、右所為に対し刑法六〇条、軽犯罪法一条三三号前段等を適用し、被告人両名を各拘留一〇日に処しているのである。

論旨は、まず、原判決は、軽犯罪法一条三三号前段は、結局公共の福祉を保持することを目的とするものであるから、右法条が憲法二一条一項に違反するものということはできない旨判断しているが、軽犯罪法の右法条をこのように解釈すべきものとすれば、国民の表現の自由の正当な行使であり、かつ、労働者の正当な権利の行使である本件のごときビラはり行為も一律に禁止されることになるから、右法条は憲法二一条一項に違反すると主張する。

よつて、右論旨を検討すると、軽犯罪法一条三三号前段は、主として他人の家屋その他の工作物に関する財産権、管理権を保護するために、みだりにこれらの物にはり札をする行為を規制の対象としているものと解すべきところ、たとい思想を外部に発表するための手段であつても、その手段が他人の財産権、管理権を不当に害するごときものは、もとより許されないところであるといわなければならない。したがつて、この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であつて、右法条を憲法二一条一項に違反するものということはできず(当裁判所昭和二四年(れ)第二五九一号同二五年九月二七日大法廷判決、刑集四巻九号一七九九頁、同二八年(あ)第三一四七号同三〇年四月六日大法廷判決、刑集九巻四号八一九頁参照)、右と同趣旨に出た原判決の判断は正当であつて、論旨は理由がない。

次に、論旨は、軽犯罪法一条三三号前段は憲法三一条に違反すると主張するが、右法条にいう「みだりに」とは、他人の家屋その他の工作物にはり札をするにつき、社会通念上正当な理由があると認められない場合を指称するものと解するのが相当であつて、所論のように、その文言があいまいであるとか、犯罪の構成要件が明確でないとは認められないから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

その余の論旨は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(石田和外 入江俊郎 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

弁護人の上告趣意

第一点 原判決が軽犯罪法一条三三号を適用して被告人に刑罰を課したのは、違憲無効の法を適用したものであつて、憲法違反の誤りを犯している。

一、軽犯罪法違憲論 其の一

(一) 原判決は本件に対して軽犯罪法第一条第三十三号を適用しているが、右規定は憲法第二十一条第一項に違反し、無効である。この点については東京高判昭和二七・四・八刑集五巻四号五六〇頁が消極的な判断を示しているが、右判例の論旨は結局貼り紙をすることは、少なくともその工作物の所有者や管理人に迷惑を与えることであるから自由に対する国民の権利の濫用であり公共の福祉のためにこれを利用するものとはいえないと言うに尽きる。然し乍ら、ここで問題なのは国民の基本的人権と公共の福祉の調和乃至は法益の比較衝量(佐藤功、憲法、ポケット註釈全書一〇五頁は「いかなる場合に公共の福祉を理由として個人の基本的人権を制限し得るかといえば、要するに基本的人権を制限することによつて得られる利益とそれを制限しないでおく場合にもたらされる利益とを比較衝量して前者の価値が高いと認められる場合に「公共の福祉」の名において基本的人権を制限し得ると考えるよりほかはないのである」とし、この比較衡量の判断の場合に、この「公共の福祉」のことばのもつ歴史的な意味を無視してはならず、たとえば労働大衆の利益を度外視して「公共の福祉」を考えることはできない」としている)なのである。

然るに論旨はこの点について何等の判断を下すことなく、単に工作物の所有者等の迷惑のみを強調しているに過ぎないのであるから、憲法論としては何等の説得力をも持ち得ないと言うべきである。このような態度は次の如き批判を甘受すべきである。奥平康弘、公共の福祉に関する立法及び判例の傾向、有斐閣、憲法講座第二巻は要旨次のように批判している。

もしも広く説かれているように判例の推積によつて「公共の福祉」の具体的内容が明らかとなるというのであれば、「公共の福祉」に触れた多くの判例の判旨を――類型的に分類して――掲げることに意味があるのではあるが、しかし多くの判例が述べていることは、多くの場合、要するに、問題とされたその法令の立法趣旨を単に追認し宣明する以外の何ものでもない。要するに――いわば極言すれば――法律が「公共の福祉」(またはそれに代わる他の同種のことば)を掲げている限り違憲ではない、というに帰するものが圧倒的に多い。そしてもしもそうであるとすれば、この種の判例がいくら推積されても、そこには「公共の福祉」の具体的内容は決して明らかとはならない。同時にそこには日本における「憲法裁判の卑少化」という大問題が提起されているのである。蓋し、行政法規のみならず、およそあらゆる立法が「公共の福祉」に基礎づけられ、その実現となつているのが「公共の福祉」の現実形態であり、またそれら立法における「公共の福祉」の内容が「絶望的に多元化」している以上、もしも判例がそれを単に追認し宣明するだけによつて立法の合憲性を承認するのであれば、判例の推積は単に立法の洪水を追認的に登録する役割を果すのみであり、また判例における「公共の福祉」も同様にたゞ絶望的に多元化するにすぎないとなるからである。

奥平教授は言う。

「たとえば前記判例のなかから、公衆浴場法で予定している許可制を合憲とする判決を摘出してみよう。おそらくは、判例のいうように、公衆衛生上の見地から、浴場設置につき何らかの規制が必要なことを「公共の福祉」をもつて立論することに、何人も異論がないであろう。あるいは、また、国民の海外渡航、帰国に、警察上、外交上、ある種の規制がなければならないということは、大方の是認しうるところだし、それを「公共の福祉」で説明する点も、それ自体としては反論がなかろう。しかし、そこまでの限りでの「公共の福祉」は憲法論として何ほどの意味があるものだろうか。また、かかる程度の「公共の福祉」を個々の場合から抽象化し体系化することは、可能だろうか、有意義だろうか。

実際のところ多くの学者が指摘しているように、第一の例では、公衆浴場許可制の許可基準(距離制限)が、第二の例では旅券発給拒否処分の性質、基準、司法審査の範囲等々が問題なのである。

尚佐藤功、公共の福祉の具体的内容――個々の場合の「公共の福祉」の具体的探究法学セミナ――昭和三九年二月号八頁以下特に十三頁参照。

(二) 仮りに同号の規定を右判例の如く解釈すべきであるとすれば、国民の表現の自由の正当な行使であり、且つ労働者の正当な権利の行使である本件の如きビラ貼り行為も一律に禁止せられることになるのであるから同号が、国民に対し表現の自由を保障している憲法第二十二条第一項に反することは明白である。蓋しビラ活動、ビラ配布の活動は時の政府等に対する国民の政治的な批判を発表する唯一の手段だからである。このことは逆に就中政治的な内容のビラ貼り活動が時の権力者によつてどのように弾圧されて来たかを一瞥すれば明らかである。次に述べるのはビラ貼りに対する弾圧の歴史のささやかな一例に過ぎない。

「戦前にビラの配布を取り扱つておりました出版法、治安維持法あるいは刑法の不敬罪の法規は昭和二十年から二十二年にかけてそれぞれ廃止されました。そういう意味では、ビラを配布して自分達の訴えたいことを仲間の人や市民の多くに訴える。そういう活動を含む表現の自由は一見大巾に保障されたかの如くにみえました。特に昭和二十二年の五月三日には日本国憲法が施行されておりますし、これがビラの配布を含む表現の自由を大巾に保障していたことは申すまでもありません。ところが先程述べた一連のビラ活動取締りのための弾圧法規に代つて新しいビラ活動、ビラ配布活動取締のための法令が特に一九五〇年前後を中心に公然と準備され始めたのです。例えば、占領目的阻害行為処罰令という昭和二十五年の政令三百二十五号が出来ましたのが昭和二十五年でございました。これは昭和二十一年の政令三百十一号を改正して新たに占領目的阻害行為処罰令という名前の下に制定されたものでございます、団体等規正令等もその前の年の六月に制定されております。これらの新しい占領法規が今日のビラ活動を含む表現の自由に対する弾圧法規としての機能を顕著に営み始めたのは、朝鮮戦争の開始即ち昭和二十五年六月二十五日前後の時期であろうと思います。ビラ活動を含む表現の自由に対する弾圧のこの時期における一番顕著な例は、昭和二十五年六月七日に日本共産党の機関紙、アカハタ編集部十七名が追放されて、公職追放を受けました、六月の二十六日、即ち、朝鮮戦争が始つた翌日にアカハタが発行停止にあいました。朝鮮戦争開始を報じた第一報のアカハタは配布される前に全部没収されてしまいました。翌七月の十八日にアカハタは無期限発行停止の措置を受けました。これはアカハタだけでなくて、アカハタの傍系紙並びに、同類紙といわれる全ての新聞がその発行を禁止されたのです。この措置は昭和二十七年四月二十八日のサンフランシスコ条約の発行の日まで続けられました。その間、約二千にのぼる新聞が発行禁止の処分を受けて数千人の人達が、この新聞を印刷、配布、運搬等した理由によつて逮捕されて処罰されました。もう一つの表現の自由に対する顕著な抑圧は、この年、即ち昭和二十五年の六月に始まりました。集団示威通動の全面的な禁止措置であります。六月二日に警視総監が当分の間、集団示威運動、集団示威行進の届出は一切受理しないということを宣言しました。当時公安条例は届出制度でありましたが、その届出を受理しないということによつて事実上、集団示威運動、集団示威行進を禁止する措置をとつた。この六月二日の際は、この措置は六月五日まで続けられるということでありました。六月五日になりますと、六月六日以降も当分この措置を続けるということが発表されました。更に六月十六日になりますとこの措置を全国的に拡大して、東京だけの措置ではなくて、全国的に当分の間いかなる目的にせよすべての集団示威運動は許さないという措置にでたのです。この時の斉藤国警長官の談話が十六日の新聞に載つておりますが、それによりますと、公安条例のないところでは、事実行為としてその目的を達する措置をとらなければならないという事を云つております。

こういうことで表現の自由の中の、一つには新聞の発行配布を含む活動、一つには集団示威運動を含む大衆的な示威運動によつて自分達の訴えたいことを他人に知らせるというこの二つの手段は禁止されたのです。同じ時期に同じ性質を持つ措置としてビラの配布が同様に禁止されました。それらの法律上の理由として用いられたものは占領軍の安全に有害な行為であるという理由であります。この年の五月三十日に皇居前広場で、かなり大規模な大衆集会が開かれました。この集会が皇居前広場で戦後行われた大衆集会の最後です。これ以後今日に至るまで。一度も行われて居りません。この五月三十日行われた集会に何名かの当時の占領軍がまぎれ込んでそれらの軍人と集会参加者の間に起つた、ささやかな紛争を理由にして、この五月三十日当日から翌日にかけて八人の労働者と学生が逮捕されました。そして直ちに当時警視庁の五階にありました。軍事裁判所の法延で軍事裁判に付せられました。六月の三日には重労働十年を筆頭として全員に対する有罪のかなり重い処罰の刑の判決が下されました。同じ日六日三日にこれらの五月三十日の集会に対する弾圧を含む集会、集団示威行進の全面的な禁止に抗議する集会が東京芝の日本赤十字の講堂で開かれました。この集会の席上、これらの措置に対する抗議の決議が採択されると同時に、当時の連合国軍最高司令官であつたマッカーサー元師に対する公開質問状を発することが決定されました。この公開質問状は五月三十日の集会について起つたできごとについて、五項目に分けて具体的な事実をあげて、マッカーサー元師に対して回答を求めたものであります。その質問状の最後には、次の記載があります。戦争反対、原子兵器の製造禁止。これの強力な国際管理。いずれの国であろうとこれを最初に使用する政府を戦犯にせよ。全面講和の即時締結。講和後の全占領軍の即時撤退。平和民族の独立のために戦つているわれわれは以上の労働者、学生に加えられた処置に関する質問に対し、元師の事実適切なる回答を要請するものである。こういう質問状を発することが決められました。占領軍と警視庁はこの質問状が占領車の安全を阻害する行為であるとして、この大会の責任者二名を逮捕して軍事裁判にかけました。それにも拘らず、東京の人民はこの措置に屈することがございませんでした。と申しますのは、この公開質問状がこの年の六月からこの年の十二月にかけて、おそらくは何千枚何万枚という質にのぼるビラとなつて東京都内に配られたからです。このビラ活動はやがて六月二十五日朝鮮戦争が始まると同時に朝鮮戦争反対、アメリカ軍から朝鮮から手を引け、とそういう要求を織りこんだビラの配布活動とあいまつて主に東京だけでも非常に広範なビラはり活動が続けられたのです。

当時朝鮮戦争に対する批判的な新聞を発行することが禁止され、戦争反対の大衆示威行進が行われることは禁止されている状況の下で、もはやこの要求を人に伝える手段はビラを配ること以外にはなかつたわけです。このビラの配布に対して警視庁と占領軍は配布者、印刷者、運搬者等を次から次へと検挙いたしました。そして軍事裁判、部分的には、日本の裁判所に起訴することによつて大量の処罰を出しておりました。その詳細な統計はわれわれの手元で正確にとらえることはできません。概数を申しあげるならば昭和二十五年十一月現在で七十名の人達がそのビラ活動でそれぞれ重労働一年以上の刑罰を受けて刑務所に入ることを余儀なくされました。これを見てもわかります様に、ビラ活動、ビラ配布の活動は、時の政府のあるいは時の権力者の政府に対する政治的な批判を国民同志がお互いにそれぞれの批判を通じあう時のただ一つの残された手段があつたのです。これを鎮圧し逮捕処罰したのは丁度新聞の発行を禁止し大衆示威通動を禁止したのと同じ様に表現の自由に対する時の政府の、時の権力者の反対言動に対する下当な鎮圧であつたことは、今日歴史に鑑みて明瞭なところであると信じます。」(ビラまきの権利を守る会、発行、ビラまきの権利を守るために、一九頁以下)

(三) 以上のとおり、同号は仮りにそれが右判例の論旨や原判決の如き解釈に従つて適用される限り憲法第二十一条第一項に違反し、無効であることは明白である。然るに原判決は同号を有効な規定として取扱つているのであるから、原判決には同号適用の誤まりがあることは明らかである。そして仮りに現判決が右誤りを犯さなかつたとすれば、本件に対しては公訴棄却の裁判が為されるべきであるから、右誤りが判決に影響を及ぼすことも又明白である。よつて原判決は破棄さるべきである。

二、軽犯罪法違憲論 其の二

(一) 仮りに前記の主張が理由がないとしても同号の「みだりに」との文言は極めてあいまいであり、構成要件が明瞭でなく罪刑法定主義(犯罪構成要件法定の原則を含む)を定めた憲法第三十一条に違反し、無効である。この点については原審証人長谷川正安の証言に詳しいので引用する。同証言は云う。「軽犯罪法第一条第三十三条の条文そのものが違憲の疑があります。

政府立案者の見解によると、みだりにと冒頭に付したのは、他人の家屋、その他の工作物一般を指すのではなく限定する意味でみだりにと冒頭に掲げたと述べていますが、かように概括的、抽象的、一般的な用語では警察の権力発動の限界がはつきりしないから国民の権利を侵害することになります。即ち特定性のないみだりにという用語は軽犯罪法第四条の趣旨と矛盾しておると思います。かような法律を適用するにあたつて国民の自由を制限することになれば、憲法第三十一条の法定手続の保障の規定に背き憲法第二十一条の表現の自由を侵すわけであります。」

(二) 原判決はこの点に関し「そもそも具体的事実の証明がある場合それが右法条に定める「みだり」に該当するかどうかは終局的には裁判所が健全なる社会常識に照らし判断するものである」ことを理由に消極的に解している。しかし原判決の論旨はまこと暴論と言う他ない。罪刑法定主義の規定する犯罪構成要件法定(=明定)の要件は法の最終的な有権解釈が司法権に委ねられることを前提にした上での原則である。換言すれば憲法第三十一条は法律的な紛争若しくは法の解釈は裁判所にまかせられることを前提にした上で尚犯罪構成要件の明定を要求するものだからである。原判決の論旨は何を云わんとしているのか理解に苦しまざるを得ない。

以上のとおり同号が憲法第三十一条に違反し無効であることは明瞭である。

(三) 従つて原判決には法令適用上の誤りがあり、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかなことは前記一、(三)と同様であるから破棄さるべきである。

三、軽犯罪法第一条第三十三号の解釈論

(一) 仮りに同号が合憲であるとしても、同号によつて犯罪として問擬せられる為には、他人の家屋その他の工作物に①その他人の承諾なく、若しくは社会常識上是認されるような理由もなくハリ紙をし②且つその結果工作物の美観を害することが必要である。

蓋し、①については前記東京高判も判示している如く(尚同判決は「その他人の承諾なく、且つ社会常識上是認されるような理由もなく」と判示しているが、右判決の趣旨は「その他人の承諾なく、若しくは社会常識上是認されるような理由もなく」との趣旨に解すべきである。蓋し、仮りに他人の承諾を絶対的な要件とする限り、社会常識上是認されるような理由は不要だからである)、表現の自由との調和を考える限り、社会常識上是認されるような理由がある場合は構成要件に該当しないと考えるべきだからである。又同号の立法趣旨は工作物等の美観の保護等にあるのであるから(大塚仁、軽犯罪法、法律学全集、一二一頁)、工作物等の美観を害さない場合は構成要件該当性がないと考えるのが表現の自由を保障するゆえんだからである(尚軽犯罪法第四条参照)。このことは法が単なる貼り札等一般を禁止するのではなく、みだりに貼り札等をすることを禁止しているに過ぎないことから明白である。そして右に所謂「みだり」とは社会通念上正当な理由を認め得ない場合を言うのである。(大塚仁、軽犯罪法、法律学全集一〇六頁参照)そして右に所謂みだりとの限定は軽犯罪法第四条と相俟つて表現の自由についての憲法上の保障との関連から、貼り札等の為現実に工作物等の美観を害すると言う結果の発生を必要とすると解すべきである。この関係は破防法第三十八条第二項第二号の構成要件として危険の存在が要求されるのと同様である(宮内裕戦後治安立法の基本的性格、有信堂、一六頁、名高昭和三七・一二・二四判決判例時報三二九号一〇頁参照)。

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